手段が目的化することを趣味という

考察

はじめに

記事のタイトルはオーディオ評論家の長岡鉄男さんが残した名言です。家作りでは性能数値や特定の工法にこだわるという「美意識」が日本の家作りの前進を分裂させることもあると思います。

UA値やC値などは目的を達成するための手段ですが、パッシブ設計や消費エネルギーの削減による温暖化防止も手段でしかなくて、そもそも誰にでも共通な本質や目的は存在するのでしょうか?

20年前に外張り断熱と充填断熱の争いがありました。そして、未だに住宅会社の中には自社の工法や使っている建材以外は結露計算などもせずに粗悪な工法だと批評するプロがいます。

もちろん、旧態依然として進化をあまりしていない住宅会社もあると思いますから、言いたいことは分かりますが、高性能な家を目指す人々を分裂させてしまうと理想の実現は遠くなるでしょう。

そして、自分の得意分野では「美的センス」に従って強いメッセージを発信することで行き過ぎた世の中を是正したいということだと思いますが、言動が矛盾していると感じる時もあります。

自社に都合の悪い事実に対しては「揚げ足取り」「本質を見ていない」と言って深く考えなければ、日本の家作りは狭い範囲でしか変わらないのかも知れません。

私は2000年に最初の家を建て、2010年に高気密高断熱住宅を建てましたが、現在でもサッシや玄関ドアの性能が向上と蓄電池が登場した以外は余り家作りの変化は感じておりません。

このような状態にいら立つ人は熱い想いが溢れて言い過ぎてしまうのかも知れませんし、もっと聞き手が述者の立場や背景から本当に言いたいことの真意を理解する必要があるのかも知れません。

誰もが持つ「美的センス」はデザインであったり、性能であったり、コストであったり、家族の笑顔であったり、美しさの感覚は人それぞれです。「ホンモノ」ってなんなのでしょうか?

衣・食・住で考えるホンモノとニセモノ

家作りでは昔から自然素材系の住宅会社があります。自然素材=ホンモノの建材を使うことや、窓を開けて通風することで、健康住宅が建てられるのだという美意識です。

ただ、揮発性化学物質によるシックハウスは建材の進化によってもはや解消しているのに、未だに高気密住宅や新建材はシックスハウスになると言っています。

これはもはや理屈ではなくて自分の美意識を述べているだけです。現在のシックハウスは高湿度がもたらすダニアレルギーが主流ですから夏に除湿をしない自然素材住宅の方が危険だと言えます。

ご自身が自然素材を好むかどうかについては、生活の三大要素と言われる「衣食住」で考えてみれば分かりやすいと思います。住宅は自然素材を好むけどそれ以外は異なる人も多いでしょう。

「衣類」でいえば有名なユニクロ。ポリエステルなどの化学繊維を利用しています。化学繊維は環境問題といわれるマイクロプラスチックをたくさん出していることでしょう。

自然素材である、「麻」「綿」「絹」「羊毛」などは手入れが大変だと思いますから価格が安くメンテナンスが簡単なポリエステルやナイロンなどの化繊の服が普及しているなのだと思います。

では、化学繊維の洋服は地球環境に悪いのかと言われると、洋服から洋服へのリサイクルは始まったばかりで、まだ古着や燃料としてのリサイクルに留まっています。

ユニクロの全商品をリサイクル、リユースする取り組み「RE.UNIQLO」 3R推進月間に、クーポン付き回収キャンペーンを全店で実施 - UNIQLO ユニクロ 
あらゆる人が良いカジュアルを着られるようにする新しい日本の企業、株式会社ユニクロ(UNIQLO CO., LTD.)の最新情報をお届けします。

ユニクロは2021年10月15日から11月30日まで衣類のリサイクルへの協力を呼びかけるキャンペーンを実施するそうですが、その中には燃やして燃料とするサーマルリサイクルが含まれます。

RE.UNIQLO:あなたのユニクロ、次に生かそう。 | 服のチカラを、社会のチカラに。 UNIQLO Sustainability
「RE.UNIQLO」 それは、服が次に活躍できる場を創り出すことで、循環型社会に貢献するための取り組みです。

洋服はリユースや資源としてのリサイクルが望ましいですが、プラスチックを燃やせば新たな化石燃料を燃やす量が減らせるため資源の少ない日本ではやむを得ない選択肢だと思います。

分別が難しいプラスチックごみは埋め立てしてしまうと、その代わりに価格が安くCO2排出量の多い石炭が燃やされるため、マテリアルリサイクルに拘り過ぎると逆効果になるという事例です。

美意識が高い人はポリエステルの洋服は地球環境を破壊するニセモノだと言うのかもしれません。また洗濯物を手洗いしない自動洗濯機を利用する生活はニセモノなのかもしれません。

洋服だって自然素材を使ってシワや経年劣化を楽しむべきだと言えなくもありませんが、日常生活では時間がないので科学繊維や洗濯機の利用はやむを得ないと思います。

次に「食事」で考えてみると、化学調味料を利用している食事が大半だと思います。意識の高い人からみると、出汁から取ってない料理や出来合いのドレッシングなどはニセモノなのでしょう。

ラーメンで言えばつけ麵の元祖である大勝軒も化学調味料を使っています。化学調味料は最初は石油から作られていたため(現在はサトウキビ)イメージが悪いと思います。

私の実家は食卓に味の素が置いてなかったので、未だに味の素を料理にかけることに抵抗がありますが、そうは言ってもサラダに市販のドレッシングをかけて食べているので説得力はありません。

化学繊維の洋服を着ながら化学調味料の入ったラーメンを食べてる人に伝統工法と自然素材の住宅がホンモノだと語られると「うーん」と感じますが、何でも完璧な人なんていませんよね。

家はコストが高く取り替えが簡単にできない長く利用するものだから、衣類や食事と考え方が違うという考え方にも一理ありますが、だからこそ完璧よりも多くの人を助けたいと私は考えます。

また、昔の生活は豊だったというなら、新幹線や飛行機は使わず、パソコンもスマホも使わないのか?と思ってしまいますが、一部だけ都合よく昔の豊かさを取り戻すことは難しいですね。

家は手作りが大切といいながら工業品の最たるものである自動車やスマホを便利に利用している姿は不思議に見えてしまいますが、人間ですから得意なことを考えるだけで精一杯だと思います。

私は住宅における自然素材の利用は風合いが好きなら採用すれば良いと思いますし、一方で新建材を使ってもよいと思っています。いずれであっても夏に除湿すれば耐久性は得られるでしょう。

ただ、手作りや自然素材については実際の採用において大したハードルがないのに知らないだけで食わず嫌いをしていることもあると思いますから、何事も思い込みはよくないと思います。

家作りの本質とは?

家作りはこうあるべき。十分な省エネ基準の義務化が進まない現状に私も憤慨している一人ですが、これは建築基準法の第一条の解釈にもよると思います。

(目的)
第一条
この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。

義務化や制限とは憲法にある、いわゆる私権の侵害に当たると考えることもできるため、自由を尊重する民主主義国家では「最低の規制」しかかけるべきではないという考えがあります。

一方で戦後の復興期にできた建築基準法は焼け野原となった日本の復興のために建物には最低の基準しか規制できなかったことが、短命に終わる住宅を生み出してしまったとも言えます。

国が強い権限で「規制」を発動できる「大きな政府」は社会主義に近く、地域や民間が主体となって社会を担う「小さな政府」は自由と民主主義が色濃いですが、どちらも一長一短です。

家作りにおける省エネに関しての民間団体ということでは、新住協やHEAT20が有名ですが、新住協の目的には以下のようにあります。

この法人は、良質な住宅の普及を望む市民と住宅供給に携わる研究者や技術者が協働して、
各種木造工法住宅の技術研究に取り組み、でもが良質で安価な住宅が求められる社会環境を構築する事業を行い、それらの活動が社会的に、豊かな住文化の育成、地球環境の保全、住宅技術の振興及び地域経済の活性化に寄与することを目的とする。

「各種木造住宅・・・」と書いてありますから新住協のQPEXは在来工法のみならずツーバイフォー住宅も計算ができます。また、「誰もが良質で安価・・・」という理念には共感しかありません。

新住協の目的・理念では、人の生活がまず先にあって、その手段として断熱気密やパッシブ設計があるという印象を受けます。

HEAT20はどちらかというと、地球温暖化とエネルギー問題への対策が目的で副次的に居住者の健康維持と快適性向上を目指しているような気がします。

深刻化の一途を辿る地球温暖化とエネルギー問題
その対策のために「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」が2009年に発足しました。 HEAT20はその略称であり、呼称です。
HEAT20は長期的視点に立ち、住宅における更なる省エネルギー化をはかるため、断熱などの建築的対応技術に着目し、住宅の熱的シェルターの高性能化と居住者の健康維持と快適性向上のための先進的技術開発、評価手法、そして断熱化された住宅の普及啓蒙を目的とした団体です。

私は直近の200年を切り取ったような二酸化炭素増加による地球温暖化の説明には懐疑的ですが、太陽活動の影響なのかヒートアイランド現象なのか日本が異常気象になっていることは確かです。

原油などのエネルギーの供給に問題を抱える日本での省エネ促進には危機管理として住宅の高性能化には賛成ですし、より快適に住める住宅が好ましいと考えます。

また、一条工務店のように大容量の太陽光パネルと蓄電池(一条では7.04kWが20万円)を設置して昼間にエコキュートを運転すれば冬以外はほぼ「無買電住宅」を普及させることもできます。

もはや、「無暖房住宅」を超えて時代は「無買電住宅」に進みつつありますが、自然素材やパッシブ設計を好む人は、設備更新費用が懸念される設備導入は最低限にしたいと思うでしょう。

このように、家作りでは何が「本質的か?」と考えるだけも、観点が様々であり、結局はその人が考える「美意識」がその人にとっての本質だということになってしまうのでしょう。

最後に

完璧な人間などいません。たまに思い入れが強すぎて強く言ってしまうことも人間らしいと思いますし、各々が得意な分野でより良いものを目指せば、世の中には良いものが溢れていくでしょう。

ただ、その工法のコストが高すぎたり、作り手が少なく多くの人を幸せにできないとすれば、自社の工法に自信があったとしても、その他の手段による目的の実現を許容しても良いと思います。

私は二軒目の家から現在の家までの三軒がG3の性能ですが、これは私の美的センスや趣味の問題なので、人にG3の家をお勧めするかというとそうではありません。

また、行列の出来るスーパー工務店などは、工法へのこだわりが強く手段が目的化していると言えなくもありませんが、これは美意識や趣味ですと言うのなら良いでしょう。

自分が作りたいものを作るという芸術家のような発想でも、趣味が合う人や共感する人はいるでしょうから、それはそれで良いと思いますし、趣味が仕事になるなんて素敵じゃないですか。

ただ、20年前の外張り断熱と充填断熱の争いでも見られた通り、自社工法への思い入れが強すぎて、他の工法を粗悪な家だと言ってしまうと住宅業界は分裂し、理想の実現は遠のくと思います。

そんなこんなで、私は微力ではありますが工法や住宅会社を問わないエアコン全館冷房という方向から、性能などを含めた家作りへの関心が高まるきっかけが作れたらいいなと考えています。

そんな中、日本で最高峰の工務店と思われる青森の菊池組の菊池さんのブログの記事が心に響くものがありました。前半の計算部分はともかく後半の部分では他の工法への理解が示されています。

菊池組スタッフ日記
hirotoshi kikuchiさんのブログです。最近の記事は「◯◯が危ない(画像あり)」です。

宮大工を発祥とする工務店でありパッシブハウスを作るような最先端の作り手の中にもこういう人がいるんだなと感心すると共に、自分の美意識も常に見直す必要があると思いました。

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